ほどよく生きる

紛れもなく わたしの日常

自分のやり方に口出しされるのはイライラする

タイトルの通り。

・自分自身が口出しされて嫌だと感じたこと

・他人のやり方に対して口出ししてしまい、相手が不機嫌になること

がこのところ多く、結果的にさらにイライラ。

負のループにはまっている気がする。

 

「自分が口出しされて嫌なのは」

・自分はいいと思ってやってることを否定されてる気がするから

・例え、相手が正しかったとしても、口出しされること自体が嫌だから

・相手が提示したやり方が合理的だったとしても、自分にとってそのやり方自体がストレスを感じるものだから

・そもそも、やり方を変えること自体もストレスだから

などの理由がある。

 

「他人のやり方に口出ししてしまうのは」

・自分ならもっとうまくできると思ってしまう

・合理性だったり、正しさがある方を勧めたくなる

・そもそも相手に対してマイナスイメージを持ってしまっており、できない対象として見てしまっている

・心に余裕がなくて、相手の何かするのをゆっくり待っていられない。そして、待てないがためにやり方が悪いと言いたくなる。

 

等がある。

「もっとよくしていきたい」

「もっとよくなる」

と、思うからこその口出し。

ただ、口出しされる方もする方も、穏やかではいられなくて、あまり事態は好転しない。

むしろ悪化することも多い。

 

どうすればうまくやり方を変えていけるのか。

一度冷静になって考えたい。

そのために、とりあえず早く寝る。

 

「自分の意思で過ごせている」という感覚

今日は、本当に久々に病的な眠気から解放された1日だった。

起きてるという感覚が久々過ぎて、身体がその状態に慣れなくて、日中多少調子悪かったけど、

ちゃんとテレビ番組に集中できるし、

本の内容も頭に入ってくるし、

物事を整理して考えることもできた。

 

ここ1ヶ月くらい、休日の度に頭の片隅に常にあった「ねむい…起きてるのがつらい…」

というのがないものだから、

そこに割いてた労力を、全部目の前のことに使えるのだ。

 

効率が、全然違う!!

 

ちなみに、眠気が消えた原因はよくわからず…

2日間、家から一歩も出ずに休んでいたこと、

昨日はまとまって12時間くらい寝れたこと、

すっきり起きれるイメージを持ってみたこと、

等かなぁと思いますが、はっきりしたことはわからず。

とりあえず、この状態が少しでも長く保てるように、できることをやっていきます。

 

眠気に支配されず、自分の意思で過ごせるってすごい幸せだ。

超幸せな気分で眠りにつける。

 

おやすみなさい。

 

 

ダメだ、眠すぎる

見返してみたら、前回の更新から1週間も経っていた。

1週間、早いっす。

眠くて眠くて、集中して何かができない。

・自転車乗ってても

・料理してても

・テレビ見てても

・人と話してても

・ご飯食べてても

眠い。ずーっと眠い。

薬飲んでも効かない。

仕事してる時は、緊張感のためか大分ましだけど、

休日が眠気強すぎてまともに何かすることができない。

これはこれで辛い。

観たいDVDがあるのに、眠すぎて観れる気がしない。

観たいのに。

 

身近な人の精神科入院で気づいたこと

近しい人(家族ではない)が訳あって精神科に入院しているのだが、その中で当たり前だけど忘れてしまってたことがあって、忘れないうちに書き留めておこうと思う。

その前に、その人が入院している病棟の状況を少し書こう。

一般病棟と違う部分があるから。

 

・病棟内で面会する場合は、面会室内で会うことになる。入院している部屋には家族でないので入れない。

・外出時間は2時間だが、その間に戻れば病院の外にも自由に行くことができる。

・病棟には鍵がかかっており、出入りする際には一回ごとにスタッフの方に開けてもらう。

・病棟内への携帯電話の持ち込みが禁止だが、公衆電話は使える。

・私が相手と話したい場合、病院にかけ→ナースステーションの電話に繋いでもらい→本人がその電話に出る形を取れば話せる。

 

※ 同じ精神科でも、病院や治療状況(慢性期とか急性期とか)でも違うので、あくまでもこれは私の知人の場合。

 

入院して数ヶ月、これらのことを理解しながら面会や通話をしてきたけど、

時間や場所(公衆電話だと残り度数の関係も)の制限があるため、どこか落ち着いて話せず、

それに加えて、周りのスタッフさんに迷惑かけないようにとか、具合が悪そうな相手を目の前にして自分がしっかりしなきゃとか思ってしまって、

いつの間にか自分の弱みを見せれなくなっていた。

電話も最低限必要なことしか話さなくなっていたし、面会でも毅然と振る舞おうとしてしまってました。

無意識ではなかったけど。

 

大変前置きが長くなってしまいましたが、私は、

『相手に弱みを見せていいということを』

『相手に甘えてもいいということを』

忘れてしまってたんですね。

 

で、最近疲れが溜まって体調が優れなくなった時に、そのことに気づきました。

そういや、入院してから全然甘えてないじゃんと。

 

もちろん相手の状態にはよりますが、『甘えてはいけない』とか、『しっかりしなきゃいけない』

なんて決まりはどこにもないわけでして、すぐに行動に移せなくても、それに気づいただけで大分楽になりました。

 

あと、これは精神科に限らずですが、

病院での治療方針など、基本的に家族でないと聞くことができないものがあります。

病気について学ぶ、家族教室も家族しか参加できません。

家族でない私が利用できるツールがないなぁと思っていた時に、気づいたことがひとう。

相談は、家族でなくてもできるよねと。

結果、病院の相談室に連絡し、医療ソーシャルワーカーの方と話すことができました。

もちろん、私が家族でないことには変わりないので、話せる内容に限りはありましたが、それでも状況が整理できて助かりました。

自分も相談員という仕事をしていながら、相談室を利用していいということを忘れていた私。

①相談室という場を知り

②実際に利用するためにアクションを起こす

ことのハードルの高さを感じました。

相談室がどんな感じか知っていながら、数ヶ月も気づかなかった私。

一般の方が相談することのハードルは、もっと高いのではないかと思うと、なんだか相談援助職として心苦しくなってしまいました。

もっと気軽に相談できるようになるといいな。

 

思いのほか長文になってしまった。

おやすみなさい。

調子が悪くて泣いた日

先週大きな予定がひと段落し、そこから出始めた私の疲れ…。

中々理解してもらえていない気がするのだが、

疲れている時の動けなさは、「めんどくさい」とかいう次元を超えている。

腕を持ち上げるのもつらいし、声を発するのもつらい。

目を開けるのもつらいし、情報が入ってくるのもつらいから、テレビや音楽を楽しむ余裕なんぞもなくなる。

今回の不調時の具体的なエピソードを上げると、

①室温30℃超えで暑いと思いつつ、エアコンのスイッチを入れる気力がなく、一晩中暑いと思いながらうとうとする。

②寝てる時、腰のあたりにイヤホンが当たって煩わしかったが、手を伸ばしてイヤホンを取り除く気力がなく、そのままやっぱりうとうとする。

瞬発力なんてどこにもない。

すべての動作がつらい。

トイレとか、どうしても必要な動作はなんとか行うのだけど、それすらも素の自分だとつらくて動けないから、自分を殺して動く。

イメージとしては息止めてささっと何かして、終わった瞬間すぐ横たわる感じ。

 

朝起きる時点で、つらいという自分の気持ちを殺し、気持ちを切り離したまま仕事をする。

それは心には身体にもいいわけがなく、時々限界を迎えそうになる。

限界を迎えないように綱渡りする、ぎりぎりの生活。

 

つらくてつらくて、もう、身体を動かそうと思っても動かなくて、

でも動かなきゃと思って、無理くり動こうとした時に涙が出る。

もう、限界です。

 

眠いので寝ます

過眠症なのもあってか、普段から眠気が強く、夜も当然のことながら眠気が強い。

頑張れば何かできるレベルではなく、目を開けてるだけで精一杯なレベル。

なので、こういう時に何かしようと思っても、一向に進まずに時間だけが過ぎるのがオチである。

なので、こういう時は潔く寝るに限る。

 

おやすみなさい

引き寄せたのだろうか

今日一番のびっくりは、学生時代の同級生にばったり再会したこと。

 

特別親しかったわけでもないから、卒業以来1回も会ったことがなかった同級生。

個人的には、街で偶然会うってすごい奇跡だと思っていて。

時間がちょっとでもずれたり、道が一本でもずれたりしてたら会うことはなかったわけで、2人のタイミングがぴったり合うすごい確率だなぁと思うのです。

 

で、今日の再会が、すごい出会いだったと思うのにはもうひとつ理由があって。

昨日後輩と卒アルを一緒に見ていて、ちょうどその同級生について話したばかりだったから。

イムリー過ぎてびっくりした。

 

昨日卒アルで見たから、ばっちり気づけたわけで、それがなかったらただのすれ違いで終わってたかなと。

 

おかげで眠気吹っ飛んだ。

同級生に感謝しなきゃ。

ありがとう。

 

おやすみなさい。